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教師か企業か。悩んだ私がNPOに新卒で入社した理由。



2016年春に新卒として入職し、子どもたちに勉強を教える個別指導員として活躍しつつ、私たちの活動を社会に発信する広報部にも所属する池田春奈さん。


Facebookで発信される子どもたちの様子の多くは池田さんが書いています。


「就活に対する違和感」「教員になることへの疑問」にぶつかり、悩みながらも、自分や社会に向き合い、進むべき道を作ってきました。


同じ悩みを持つ人にとっては、そっと背中押してくれる内容になっていると思います。ぜひご覧ください。



経歴
  • 2015年3月:スタジオplus+個別指導員、インターン生として入職

  • 2016年4月:大学卒業後、新卒で正職員として入職

  • 2017年:地域の学び舎プラット運営メンバー兼任

プロフィール

2016年度4月より新卒で入職。国語の教員と民間介護企業への就職、どちらを選ぶか悩んでいたころにダイバーシティ工房のことを知知り、インターンを始める。「既存の教育制度の外側から多面的な支援がしたい」と思い、入職することを決意。立正大学文学部卒。




ーまずは、どんなお子さんだったかお聞きします。



  「両親、姉、弟というごく一般的な家庭で生まれ育ちました。小さころの日課は図書館に通うこと。小学生のときは3日に1回は通っていましたね。


中学生になり、人間関係で『うまくいかないな』と感じることが多くありました。そのときも本は心の支えになってくれました。



伝記やドキュメンタリーを通して、世界の紛争や女性差別など、いわゆる社会問題になんとなく興味を持ったことを覚えています。


高校では一転、図書館に行く暇もなく吹奏楽に熱中しました。


3年生になる直前に東日本大震災が起きて、1年間やきもきしながら受験生活を過ごしたことを、今でも覚えています。」




ー大学では気になっていた東北のボランティアに参加する一方で、今の仕事につながる大きな2つの出来事があったそう。



「ひとつはオーストリアへの旅行。友人が住んでいたこともあって遊びに行く気持ちで、旅行をしました。


たくさんの人に出会いましたが、特に印象的だったのは、旅行客にお花を渡して収入を得る女性たち。


タダだよってお花を無理やり渡して『受け取ったんだからお金をちょうだい』と言ってきたんです。大きなお腹をさすっている妊婦さんでした。


『普通の仕事に就いたほうが安定した収入が得られるのにね』


そのとき、何気なく友人に言ったんです。


そうしたら友人が『花を売り歩く仕事以外に、収入を得る方法を知らないんだよね、きっと』と。


花を売り歩く仕事以外に、収入を得る方法を知らない。


学ぶことにこれほどの格差が存在することが衝撃で、収入を得る方法がわからないってどういう世界だろうと、そのときは状況が理解できないままでした。




 その衝撃は日本に返ってきた池田さんに思わぬ気づきを与えてくれました。



 「日本に帰ってきて感じたのは、同じ状況におかれている人たちが、自分の住む日本にもいるんだということ。


でもそれは、私たちが生活する中では、気づくことのできない問題だとも思いました。


 毎日のように、私たちの日々の生活の見えないところで、高校へ行く大切さ知ることができず、ドロップアウトし、安定した就職を得る方法を知らず、自分の生活を守ってくれる法律の存在さえも知らずに過ごす人たちがいる。


でも、街中を毎晩さまよう中高生は、不良少年少女というとらわれ方しかされなかったり、コンビニのフリーターは、正規の就職を選ばないなまけた若者、としか考えられなかったり…。


そんな周囲の認識がある環境じゃ、解決できるはずの課題が見えてこない。


その分、支援が進まないんじゃないか。


多くの多様性や価値観、育ってきた文化を理解し合うことができる人たちが増えたら、社会はもっと支え合える、優しくなれると思いました。


だからこそ、これからの社会を担う、すべての子どもたちが受けられる義務教育の中で行われる教育を変えなければ、社会は変わっていかないと素直に感じたんです。




ー教員を目指す中で、特別支援学校のボランティアにも参加していた池田さん。


そこで今の仕事につながる2つめの経験がありました。



「特別支援学校にたくさん行って、ふつふつと湧き上がってきたのが『特別支援教育が特別じゃなくなればいいのにな』ということ。


一人一人の成長にあった学習支援をしてくれる特別支援学校の制度が、もっと多くの学校に広がって、先生方や保護者など、子どもに関わる人たちが、ゆっくりでいいから、一人ひとりの成長を見守る教育を大切にしていこうと考えられる。


そんな教育に変わるといいのに、と思いました。


そうやって、学校の認識が変わることで、社会の見方も変わっていく。


 もちろん子どもたちと、一番近くで過ごせることは素晴らしいけれど、学校の現場にいても、教育の仕組みや制度、社会の固定概念を変えることは難しいのではないか、と感じたんです。




ーさまざまな経験の中で、少しずつ、自分なりの教育や子どもたちへの思いを育てていった池田さん。


ダイバーシティ工房と出会うきっかけは?



 「工房のことを知ったのは2015年2月。大学3年生でした。


本当に教員になりたいんだろうかと自問自答しつつ、だけどその選択肢を捨てることもできず、かと言って何がしたいのかもわからず、もやもやとしていたころですね。」


 大学3年生の冬となると、就活や教育実習の準備に追われる時期。


「就活してみたんですが、しっくりこなくて。就活っていう渦のなかだと、なんとなくの流れで、仕事を決めてしまう友人も増えてきて…。


でも、その分、私は何がしたかったんだっけ?って少し立ち止まるきっかけになりました。


私は、やりたいと思うことを仕事にしたいし、働くことってそんなに簡単じゃないからこそ、やりがいって大事だなって考えるようになりました。


『じゃあ、私にとってものやりがいってなんだろう…。』 仕事って終わりがいつかも決まっていない、卒業もない。だからこそ、もっと悩もうって思いました。」


そこで、東北のボランティア活動を通して知ったNPOについて、ボランティアではなく、お金をもらって働くことができるのか、NPOが経営される仕組みなどを調べまくったそう。


 「その結果、NPOで働けるらしいということがわかったんですね。


自分の住む地域にもあるのかなってネットで検索をしたら、あった。


ちょうど説明会の参加受付をしていて気づいたら申し込んでました。もう直感ですね。」


説明会にて



 説明会はどうでしたか。



 「工房を見つけたときは、貧困と発達障害がキーワードの教育NPOで、代表が女性ですてきだなくらいの感覚でした。


でも、説明会に行って、社会課題を事業で解決するソーシャルベンチャーという組織があることを知り、私がもやもやと感じていた教育の課題を、この団体なら解決できるかもしれない、学校の外にいるからこそ実現できることもあるんだ!と強く思いました。」


「インターン生を募集していたので、やってみようかな、と考えながら帰りました。その後に個別に相談する時間ももらって、働いてみたい!という気持ちが高まりました。


だけど、教育実習も目前で、教員採用試験もある、卒論もまだ500字しか書いていない、アルバイトもやめられない。


これ以上、時間や労力を割けるかどうかの自分のキャパもわかっていないし、選択肢を増やして、卒業までに進路が決まらないなんてことが許される家庭環境でもない。


大学4年間の中で一番悩んだんじゃないかなというくらい、考えました。」




どうして飛び込めたんでしょうか。



 「でも、頭で考えて悩んで諦められないってことは、『経験しないと後悔する』って思ったんです。それで履歴書を書きました。


そのときは、まさかここで新卒で働いているとは思っていなかったですけどね。」


 「よく図書館に行く子どもだったと話をしましたが、本を読むことって普通のことだと思っていました。


だけど、家庭の事情で本を買うどころか買い物も満足にできなかったり、図書館があること知らない、そいう状況が存在している、それは遠い世界の話ではない、日常にある問題なんだと、インターンを通して知りました。


 工房にはクレドと呼ばれる行動指針があるのですが、そのひとつに『社会に対して常に問題意識を持ち、自分ごととして向き合います』というのがあるんです。


こういった言葉とともに仕事をすることで、自分は何がしたかったのかが具体的になっていきました。」


入社式にて


 そして今、ダイバーシティ工房で働いている。



「わたしは、必要なものを必要な子どもたちに届けたいと思ったんです。平等ではなく、公平に。


学校教育のシステムが変わることが望ましいですが、急に変えるのは難しい。


今の制度の中で、貧困や発達障害をもつ子どもや保護者の悩みは、学校の勉強についていけないことや、そもそも学習への意欲が低いことです。


だったら、そのニーズをくみ取って、まずは当事者に寄り添う、そして、学校などの、子どもたちを取り巻く環境にはたらきかけていく。それが私がやりたいことだ、と。


だから、わたしは内定をもらった介護の仕事でもなく、教員の仕事でもなく、ダイバーシティ工房で働くことを決めました。


同期に同い年は0人。大学のころの友人たちが働く環境とは異なることも多いけど、同じ思いを持った人たちと働ける環境だから、自分の選んだ道に悔いはありません。」